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山名氏史料調査研究会
会長 山名章

この度、研究会誌「山名」を創刊いたしました。山名は、清和源氏義家流新田支流であり、太祖義範が平安時代末期の頃、父新田義重より山名郷(高崎市)を譲られて独立、在地名を名のって山名と称してより平成の今日に至るまで、八百年余にわたり、祖先の祭祀を絶やすことなく、また、信頼性の高い、各時代史料に裏付けられた内容の武家系譜を伝えて来た点で、我国では数少ない氏族の]つです。
ところで、山名一族に対する歴史的評価には、由緒正しい武門の名家とする一方、儒教的教学思想、殊に、その名分論的立場から、山名一族が鎌倉、南北朝、室町の各時代にとった政治行動にケチをつける底の、まことに非歴史的批判が、いまだ巷間に残っていることには残念な思いを致します。
六年前、歴史研究を志す山名一族会の有志会員で結成された当研究会では、中世の山名一族それぞれが、歴史のなかに、武士としていかなる役割をになって登場し、どのような歴史的環境のなかで行動したのかを明かにすることを目的に、会の相談役である先生方の指導のもとに、先づ、但馬を中心に、関係史料、史蹟の調査を開始いたしました。しかし、未だ日浅く、会員も多忙な仕事を持っているため、その成果を発表するまでには至っておりません。そこで、中世山名氏についての研究を、数多くの著作、論文で発表し、素晴らしい業績をあげておられる学者、研究家の諸先生から寄稿いただき、この珠玉の論文をもとに、会誌「山名」第一号として刊行する次第です。
最後に、前もって不躾をお詫びの上、全国各地の歴史調査研究の専門機関並びに地方史研究家の各位にお願い申し上げます。室町時代、山名一族の守護任国は、分郡知行地を含め、支配期間に長短はあるものの、その数二十ニケ国を数えます。また、一族は、応仁、文明後急速に衰え、戦国時代末期、一時所領を失った時期があり、江戸時代には小身の大名格幕臣として但馬の一郡に存続したため、関係史料の多くは広く散供しており、当研究会員二十名の弱体では思うように収集が捗りません。つきましては、関係史料にお気付の折は、何とぞ、その概要と所在について御]報賜れば誠に幸甚と存じ、宜敷くお願い申し上げます。



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Princeps date: 2009-09-30 (Wed) 12:42:41
Last-modified: 2009-10-01 (Thu) 08:41:16 (JST) (3554d) by admin