人生往来手形 anchor.png

手形コピー, 往来手形.GIF

数年前、教区内の会合に出席した折、西国二十九番札所である松尾寺(舞鶴市松尾)ご住職から「人生往来手形」と題する講演を拝聴する機会があり、その時の記念品として往来手形を一枚頂きました。何度か、手形をコピーして法話の材料にさせて貰ったので、目にされた方も有るかと思います。

この「人生往来」、その名が示す如く、常に六道(詳しくは下表参照)を輪廻・転生し留め難く、定める事が難しい我々の魂を、魂の本来の世界である「あの世」に無事送り返す。 そしてまた「この世」で積んだ善行の縁満ちて再び、人として魂宿して「この世」に再び戻ってくる為の「往復切符」のようなものと理解することが出来ます。

「六道」世界とは
1地獄道罪を償わせるための世界。
2餓鬼道常に餓えと渇きに悩まされる世界。
3畜生道本能だけで生きている動物の世界。
4修羅道終りの無い戦いや、争いに満たされた世界。
5人間道楽しみもあるが四苦八苦に悩まされる世界。
6天道寿命は非常に長く、苦しみも人間道に比べ少ない。
・六道の上に仏道を学ぶ、声聞・縁覚・菩薩・仏の世界(四聖)がある。
・六道と四聖を合わせて十界とも言う。
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輪廻する我々の魂 anchor.png

この「人生往来手形」、その名が示す如く、常に六道(詳しくは左表参照)を輪廻・転生し留め難く、定める事が難しい我々の魂を、魂の本来の世界である「あの世」に無事送り返す。そしてまた「この世」で積んだ善行の縁満ちて再び、人として魂宿して「この世」に再び戻ってくる為の「往復切符」のようなものと理解することが出来ます。
この手形は六道を輪廻する魂の存在を中心に考えて居ます。その輪廻する魂が「この世」で親から授かった身体と一体となって今我々は生かされていると考えています。
あくまで輪廻する魂が主人公ですから、「あの世」が魂の本来の世界(故郷)であり、「この世」の今の人生の方が仮りの世界と考えています。
それ故、手形の文中には我々のことを「この世の間借り人」と表わしています。六道輪廻の考え方によれば、この身体は「この世」で魂を守り、運ぶための船の如き存在なのかもしれません。
果たして、今のこの時代に魂の輪廻や転生等と言っても、どこまで説得力が有るのは疑問ですが、今のこの人生だけで朽ち果ててしまう身体を中心に考える一生よりも、魂を主人公と考え現世・来世と転生を繰り返しながら延々と引き継がれる命、その一部分が今の人生であると考えた方が、今の人生を最後まで力強く生きて行けるように思えますが、如何なものでしょう?

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六道の別の見方 anchor.png

また、「六道」は魂云々ではなく、その時々の人の心理状態を表わす世界と理解する事も出来ます。時に人は天人のように崇高深遠な事を言ったかと思えば、同じその人が犬畜生にも劣る行いをしてしまうものです。地獄から天・・・果ては仏の世界まで、我々の心の中にはそれぞれの心理状況があり、その時の気持ち次第で、鬼畜のような言動に出たり、仏のような慈悲の心を表わしたりします。誰でも大なり小なり常に変化している訳けです。
自分の心の中で常に気持ちが激しく輪廻転生していると言うことは、鬼の気持ちから仏の気持ちまで心が常に変化し一定して居ない事であり、精神的に落ち着かない状況とも言えます。
そう言う見方でこの手形を見れば、餓鬼や畜生・修羅の気持ちにぶれず、常に人間(できれば天人や仏)として安定した気持ちで平安にこの人生を送る為のヒントが書いてあるとも思えます。

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三毒・・・煩悩の根本 anchor.png

生きている限り我々は次々に生まれてくる不安や悩み、そして湧き上がる欲望と縁を切ることが難しいものです。これらの煩悩が、安楽に暮らして行こうとする我々の心を乱してしまいます。
この煩悩の根源を突き詰めれば貪(とん)・瞋(じん・怒り)・痴(ち)の三毒に分類されると言います。

三毒
貪(とん)貪欲な心。「足りる」事を知らない際限無き欲望の心。
瞋(じん)怒る心。怒りに捕らわれ怒りが怒りを産み周囲が見えなくなる。
痴(ち)人生を学ぼうとしない心。自分の不徳を他者のせいにする所から愚痴とも通じる。

手形に中にも有る様に「愚痴なく、怒らず、貪らず」が人生を安楽に送る秘訣のようです。余りにも当たり前のことですが、しかし、守るには難しい事かも知れません。
少し前まで持て囃された「勝ち組志向」や「お金儲け礼賛」に代表される「自分さえ良ければそれで良い」と言った風潮もココに来て、多くの人々が疑問を感じ、「何処か根本的に改めなければ」と気づいて居ます。
利益だけの為に信頼を平気で欺く食品偽装や、金が金を生む錬金術的なアメリカ経済の凋落。次々に表面を覆っていた薄皮が剥がれ、空虚で実体の無い姿が表に出てきました。
貪欲に己が利益のみを追いかけ回した虚像の末路を我々に晒して居ます。そしてそんな事とは、直接関係無い我々にも、その余波が及んでしまうのが、今の社会のややこしい所です。

「愚痴なく、怒らず、貪らず」言い古されて来た言葉ですが、人の中で生きて行くしかない我々に取って、誠実に人生に向かい合い、満ち足りたものにするには無視出来ない言葉で有る事を広く思い起こして欲しいものです。
魂の来世を信じる・信じないに関わらず、今のこの人生の充実に繋がる大切なヒントと思えます。


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Princeps date: 2008-12-16 (Tue) 00:09:04
Last-modified: 2008-12-18 (Thu) 15:23:27 (JST) (3980d) by admin