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1: 2009-11-14 (Sat) 20:47:11 admin  |
| + | *むかわり [#qa132635] |
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| + | 一周忌の事をこの地方では「むかわり」とも言います。 |
| + | 「むかわり」って、何かおもしろい響きがある言葉ですね。 |
| + | 住職になりたての頃は「おばあさんのむかわりで・・・」と言われても、何の事かすぐにはわからず、「一周忌のことですね?」と聞き返した覚えがあります。 |
| + | 一周忌の事を「むかわり」と言いますが、3回忌や7回忌はむかわりとは言わないようです。方言なのかなと思っていたのですが、辞書にも「むかわり」が載っていました。 |
| + | 「むかわり」:むかわること。一ヶ月・一年経って巡ってくる事、回って向いてくる。報いて来る。一周忌・・・とありました。 |
| + | 最初に「むかわる」と言う言葉があって、それが一周忌の別名として定着したのでしょうか? |
| + | また、「むかわり」には身代わり、人質と言う意味の言葉もあるようです。「むかわり」は「みかわり」の古い言い方とも言えるようです。では身が代わるとは、何で一周忌が、「むかわり」と言われるのか少し考えてみたいと思います。 |
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| + | *昔の暦 [#ue557134] |
| + | 今でこそ一年は365日で、一ヶ月は28~31日となっていますが、明治時代までは日本では月の満ち欠けを見た太陰暦を使用してきました。 |
| + | 月は15日掛けて満ち、15日掛けて欠けていきます。つまり、一月が30日と考えていました。(正確には29.53日、大の月:30日、小の月:29日で調整をした) |
| + | その30日の月が12回で、30×12で、360日となります。 |
| + | (正確には354日、当然そのままだと暦と季節の間にずれが生じるので、昔は19年間に7回閏月(13月)があり、このずれを修正していた。) |
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| + | *1年を360日と仮定したら・・・ [#p628be77] |
| + | 人は母の胎内で生を宿し、生まれるまでに「十月十日」掛かると言われてきました。 |
| + | 太陰暦の一月が三十日ならば、日数にして30×12で310日になります。 |
| + | 360日-310日。一年に50日程足りません。この50日の差が少し気になります。 |
| + | 人は亡くなって49日後に次の生まれ先が定まると言われます。 |
| + | ひょっとしたら、一年(360日)とお腹に中に居る期間(310日)その間に有る期間の差を埋めるのは中陰(四十九日)ではないかと想像をします。 |
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| + | *一周忌では誕生を祝う? [#x09eda0a] |
| + | そう考えると、一周忌は四十九日であらたな生まれ先が定まって十月十日経った時にするわけですから、故人の魂宿した新しい命が、ちょうど誕生している頃と重なります。 |
| + | それ故、一周忌の事を、「魂を包む身が変わる」→身代わる→「むかわり」と言うのではないでしょうか?(あくまで想像ですが・・・) |
| + | ですから、一周忌の法要以降は在りし日の無き故人の事を忍ぶと共に、どこに居るのか分からない「身が代わって」誕生した新しい命の誕生の祝福と、その新しい命に対して「元気で生きろよ」と無事の成長と安穏を祈る集いといえると思えます。 |
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| + | *我々にも前世が有った? [#w086caff] |
| + | 我々にも多分、前世の生が有ったのでしょうし、現世で血縁として繋がりのある人々の外にも、前世で縁があった人々の応援を得てここまで順調に生きながらえてこれたのかもしれません。現世・前世の縁なんて目に見えるものでは有りません。我々とて、そのお陰を頂いて今ここに居るのかもしれません。 |
| + | お世話が出来るときに、お世話をして、故人を偲ぶとともに、どこに居るか分からないけれど、身が代わって誕生した新しい命の無事を応援する。 |
| + | 世相厳しき世の中ですが、「お互い様」と「お陰さま」の気持ちは末永く持ち続けたいものです。 |