1: 2009-07-25 (Sat) 17:06:41 admin source Cur: 2009-07-28 (Tue) 11:13:21 admin source
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**別れだけの場? [#z15171cb] **別れだけの場? [#z15171cb]
 +#ref(http://www.houun.jp/uploads/photos/417.jpg,mw:320,right,around)
「お葬式とは故人との別れの場であります。しかし、もし人に魂というのもが有るならば、単なる別れの場だけではなく、来世に旅立つ故人の魂と又どこかで巡り会えることを願い祈る場でもあると思っています。」と言った具合です。 「お葬式とは故人との別れの場であります。しかし、もし人に魂というのもが有るならば、単なる別れの場だけではなく、来世に旅立つ故人の魂と又どこかで巡り会えることを願い祈る場でもあると思っています。」と言った具合です。
-お葬式のことを告別式と言いますから、当然、お葬式は「別れを告げる」場なのです。ですから、「再開を祈る場」と言われても少し奇異な印象を持たれると思います。+お葬式のことを告別式と言いますから、当然、お葬式は「別れを告げる」場なのです。ですから、「再会を祈る場」と言われても少し奇異な印象を持たれると思います。
洋の東西を問わず、この生身の体が有り、そこに魂を宿して生きている我々、体が動きを止め魂が離れていく状態を死と考えるのは、人類共通の観念かも知れません。 洋の東西を問わず、この生身の体が有り、そこに魂を宿して生きている我々、体が動きを止め魂が離れていく状態を死と考えるのは、人類共通の観念かも知れません。
しかし、我々日本人ほど、死後の魂の行方についての考えが曖昧な民族も少ないのでは無いでしょうか? しかし、我々日本人ほど、死後の魂の行方についての考えが曖昧な民族も少ないのでは無いでしょうか?
-日本民族固有の自然崇拝的な下地の上に、農耕神・祖先神を中心とした神道に通じる考え方や、元々はインド発祥の仏教、中国が起源の道教などの諸宗教や、最近では天国(キリスト教徒専用の極楽?)という言葉の乱用に見るが如く、キリスト教的な考えまで入り混じって、日本人の来世の魂の行方について、絶対的な正解が見つかりません。(例えばご先祖は何処に居られる?と聞けば、「極楽」と答える人、「仏壇」・「お墓」、息を引き取った所・・・と様々な答えが返ってくるように思えます)+日本民族固有の自然崇拝的な下地の上に、農耕神・祖先神を中心とした神道に通じる考え方や、元々はインド発祥の仏教、中国が起源の道教などの諸宗教や、最近では天国(キリスト教徒専用の極楽?)という言葉の乱用に見るが如く、キリスト教的な考えまで入り混じって、日本人の来世の魂の行方について、絶対的な正解が見つかりません。(例えばご先祖は何処に居られる?と聞けば、「極楽」と答える人、「仏壇」・「お墓」、息を引き取った所・・・と様々な答えが返ってくるように思えます。[[補足参照>#ed2d47ec]])
極端な例はともかく、信じる人が居る限りは、どんな他界観でも「それは絶対に違う」とは言い切れません。 極端な例はともかく、信じる人が居る限りは、どんな他界観でも「それは絶対に違う」とは言い切れません。
しかし、何でも有りの他界観や魂の行方では話になりませんので、ここは仏教的な側面で話を続けます。 しかし、何でも有りの他界観や魂の行方では話になりませんので、ここは仏教的な側面で話を続けます。
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故人の魂が再び六道世界に戻ってくるのであれば、今生と同じ人の世界に、もし人の世界に生まれる事が出来るのなれば、「今生、親族で有った人々と何処かで巡り会える縁を持てる所」に、故人の魂を宿して、生まれ変わり、また、いつか巡り会えれば・・・と期待しても良いのではないかと思います。 故人の魂が再び六道世界に戻ってくるのであれば、今生と同じ人の世界に、もし人の世界に生まれる事が出来るのなれば、「今生、親族で有った人々と何処かで巡り会える縁を持てる所」に、故人の魂を宿して、生まれ変わり、また、いつか巡り会えれば・・・と期待しても良いのではないかと思います。
-それ故、私は葬儀や通夜の時に「別れの場」でも有り「再開を祈る場」でもあると言う趣旨の挨拶をさせて頂いています。+それ故、私は葬儀や通夜の時に「別れの場」でも有り「再会を祈る場」でもあると言う趣旨の挨拶をさせて頂いています。
信じるか信じないかの話になりますが、四苦八苦しながらも六道の中の、この「人道」を我々が生きているのは、現実であり、事実です。 信じるか信じないかの話になりますが、四苦八苦しながらも六道の中の、この「人道」を我々が生きているのは、現実であり、事実です。
魂が六道輪廻を転生するものならば「人生と言うのは、一度きり」では無いのかもしれません。 魂が六道輪廻を転生するものならば「人生と言うのは、一度きり」では無いのかもしれません。
今生で積み上げた物そのもの全てが来世に引継がれる訳ではないですが、「魂というもので、今生と来世を繋いでいる」と考えれば、今生の人生を強く生き抜くことが出来るように思えますし、来世も来世で新たな人生を有意義に生きれるように考えます。 今生で積み上げた物そのもの全てが来世に引継がれる訳ではないですが、「魂というもので、今生と来世を繋いでいる」と考えれば、今生の人生を強く生き抜くことが出来るように思えますし、来世も来世で新たな人生を有意義に生きれるように考えます。
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 +*補足 [#ed2d47ec]
 +**何でも有りの他界観の例 [#gbe88ccc]
 +ひところ、お葬式といえば、特に葬祭会館の葬儀では延々と「ウンザリ」する位いこの曲を流していましたね?
 +今はめったに聞こえなくなり、ほっとしてますが・・・この業界も流行というものがあるのでしょうか?(お好きな方には悪いけど・・・)
 +|=千の風になって|h
 +|私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません&br;千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています&br;秋には光になって 畑にふりそそぐ 冬はダイヤのように きらめく雪になる&br;朝は鳥になって あなたを目覚めさせる 夜は星になって あなたを見守る |
 +|私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 死んでなんかいません &br;千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています・・・|


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