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寺報・書籍​/山名赤松研究ノート​/1号​/山名・赤松両氏の黄昏 のバックアップ差分(No.4) :: 東林山法雲寺のホームページ

xpwiki:寺報・書籍/山名赤松研究ノート/1号/山名・赤松両氏の黄昏 のバックアップ差分(No.4)

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3: 2009-09-13 (日) 20:03:17 admin[6] ソース[7] 4: 2009-09-14 (月) 11:51:35 admin[6] ソース[8]
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この稿をまとめるために山名赤松両氏の交渉の概略を知ろうと年表(兵庫県史別冊)を繰ってみて、今さらのように無量の感懐を覚えた。 この稿をまとめるために山名赤松両氏の交渉の概略を知ろうと年表(兵庫県史別冊)を繰ってみて、今さらのように無量の感懐を覚えた。
-|○正平九(一五四)年|12南党山名時氏、直冬を擁して、伯耆より但馬を経て播磨に入り、義詮・則祐軍と斑鳩寺付| +|○正平九(一五四)年|12南党山名時氏、直冬を擁して、伯耆より但馬を経て播磨に入り、義詮・則祐軍と斑鳩寺付近で戦う。|
-近で戦う。+
とあるのが山名赤松両氏接触の初見であり、 とあるのが山名赤松両氏接触の初見であり、
|○大永二(一五二二)年|11但馬守護山名誠豊、赤松家臣の内紛に乗じ播磨に侵入し広峰山に陣をとる。| |○大永二(一五二二)年|11但馬守護山名誠豊、赤松家臣の内紛に乗じ播磨に侵入し広峰山に陣をとる。|
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